fbpx

CL LAB

HOME > Blog > Kohsuke Kawaguchi > 万の道、万のプロを訪ねて Vol.4

万の道、万のプロを訪ねて Vol.4

 ★ 119

今回のインタビュイー

田村 芳明さん(Google プロダクト マネージャー)

今回は、Googleの田村芳明さん。僕は興奮した。何しろ、同じシリコンバレー在住である。対談にかこつけてビールが飲める...もあるが、田村さんはどういう経緯でアメリカに根を下ろすに至ったのか、それが聞きたかったからだ。

何しろ、シリコンバレーでは日本人は超少数派なのである。僕は常々、日本のテクノロジー産業とこちらのテクノロジー産業に橋を架けたいと思っていて、そのためには2つの世界を知る人がもっと増えないといけない。僕や、田村さんのような人が。

田村さんと話して、後に続く人への道を描き出せたら、という期待をした。

道は後から出来る


田村さんは、Googleの本社でKubernetesの領域でproduct managerをしている。人もうらやむような立場の人なのである。どういう経緯でそういう仕事に至ったのだろうか。

田村さんは、小学生になるかならないかの頃をアメリカで過ごしている。大学院もアメリカ。だから仕事もアメリカで選んだのか...と思いきやそうではない。むしろ、キャリアは日本でスタートして日本のレールに乗っておかないと、と思ったとの事。だから、最初の六年はNTTの研究所である。

しかし、研究所での仕事は中々すぐに広く使われるという事にはならない。そこにフラストレーションを感じ、使われてなんぼ、そこからイノベーションが起こるのだなと思ってスタートアップへ転身する。しかし、今度はエンジニア・ドリブンな会社だったので、中々売れる物が出ない。それを解決しようと動いていたら、PMになっていた、そうだ。

2013年。まだPMという仕事は日本ではあまり認知されていない頃である。当時、あんまり仕事の仕方について学べるものがなかった。なので、他のPMの人に会うためにと、GoogleのPMの求人を利用してGoogleのPMの人と知り合いになろうとしたのが縁で、GoogleのPMに転職する。

しかし、時差の問題があり、西海岸中心で動くGoogleでは日本からインパクトのある仕事をするのは難しい。特に、PMという仕事は色々な人との折衝をするのが仕事の多くを占めるから、コミュニケーションの質が下がると苦しい。

一年後、社内でチームを変える機会があり、その時に渡米する事にした。それが次の道を切り開きGKEのPMに至る。

こういう人生の切り開かれ方を目にすると、僕は、道は後から出来るのだな、と思うのである。最初からGoogle本社で今をときめく技術のPMになるぞ!というゴールが設定されていたわけではないのだ。その時その時、気持ちの惹かれる方へと選んで未知のことに尻込みせずに飛び込んでいくと、昔の経験が思わぬ所で役に立ったりし、これがどうして上手く行くのである。

僕自身の人生が、まさにそんな感じである。遠い未来のこととか、長期的な計画とか全然ないし、それが必要だとも思っていない。その時その時、眼前の事に打ち込んで、現れた機会を受け入れてきた。

そうやって行き当たりばったりで生きてから、振り返ってみると、なんだかそこに一本の筋が通っているように見えるから面白いものである。だからといって、最初からそれが深遠な計画に基づいていたかのように勘違いしてはいけない。

未来の仕事の多くは今は存在していないと云うではないか。そういう仕事に辿り着くためには、今から計画していてはいけないことは確かだ。清水の舞台からじゃんじゃん飛び降りてほしい。若くても、齢をとっても。

日本人はPMに向いている?

田村さんはPMの仕事の仕方について色々な考え方を持っている。

GoogleのPMとして入った時のオリエンテーションでの事である。偉いPMが来て曰く、「PMの仕事は何かと言ってみろ」。アメリカの事だから、参加者は、これが仕事だ、あれが仕事だと色々と発言をしたに違いない。しかし彼は首肯しない。じゃあPMの仕事は何なのか。「Everything is your job」だと言う。どういう意味だろうか。

ユーザーをハッピーにする全ての責任があるという事だ。そのためには何をしてもいい。ドキュメントを書いてもいい。何ならコードを書く人もいる。百人百様の働き方があり、どういう働き方で力を発揮するかはその人次第。そういう伝え方が、潜在能力を引き出すのだという。田村さんにはそれが非常に腑に落ちたそうだ。僕ならそんなあやふやな定義だと役割分担が不明瞭だから仕事しづらいな、と思わなくもないが、皆さんはどう思われるだろうか。

田村さん自身はPMとしてどういう働き方をするのか。話を聞いているとソフトスキルの塊のような仕事であった。例えば、gVisorという技術がある。コンテナ技術の軽量さとVM技術の安全性をいいところどりしたような、「聖杯のような技術である」と感じたそうだ。ずっとそんな事は不可能だと言われていたが、それに関わっていたエンジニア達の力で、地道に頑張っていたら物になりそうな道筋がついてきた。田村さんはこのプロジェクトにPMとして参加する。仕事は何か。曰く、「外からのフィードバックから作る人を守る」。作りたいものを作っていたら、多くの人の手に届き、使えて役に立つものが出来ない。でも、作り手のこれが作りたいという気持ちも大事にしないと作る人の気持ちが続かないし、褒めてくれる人もいないと駄目だ。そうやって、外に成果をアピールしつつ、中の人をなだめ、調整を付け、人の気持ちを思いやり、誰かが割を食わざるを得ない時はその人に前もって根を回し...。

こういう働き方は、和をもって尊しとなす日本の人には得意な仕事ではないかと思った。

極端な話、何をやるかはどうでもよく、伸るか反るかはさておき、いい人達のチームを作り、関わっている人達がハッピーな事をしたい、と言っていた。何かの成功のために人間関係を犠牲にするのは嫌だ、という。ここはとても拘っているところなのである。
僕も同じような気持ちを持っているのでよく分かる。今のLaunchableも、最初に決めたのは何をやるかではなくて誰とやるかだ。そこで選んだ共同創業者Harpreetと、何をやろうかと色々議論を積み重ねた結果、データを使って開発者の生産性を向上させるというミッションを選んだ。

でも、そうじゃない世界もあり、それにも合理性がある。CloudBeesでは、VP of Salesは成長の過程で何度も交代した。会社の段階、組織の大きさに応じて、必要なスキル・流儀・経験が異なるからだ。何をどう売ったらいいのかがまだ分からない段階で必要なセールスリーダーと、200人の営業を抱えて組織を効率よく動かすセールスリーダーとは別種の仕事だというだけの事だ。だから、袂を分かつ時も気持ち良かったし、その後でも付き合いがある人も多い。自分の仕事をし、それが終わったら去っていく職人のような姿。そういうのも嫌いではない。

考えてみたら結婚だって似たようなものではないだろうか。この人と人生を過ごしたいと先に決める、そういう結婚もある。逆に、婚活の話を聞いていると、こういう人生を生きたい...というのが先にあって、それとあう人を選んでいくように聞こえる。どっちでも、結果に大きな差は無いのかもしれない。

凄い人を守る楽しさ


田村さんが人を大事にするその根底には、イノベーターへの敬意があるように感じられた。そして、そういうイノベーターからも逆に大切にされているという誇りがあるように感じられた。

大体、凄い馬力を発揮して何か途方もない知的創造をする人というのは、能力値がそっちに全振りされていて、別なところが覚束ないような人が結構いるものだ。周りの人を敵にしないような当たりの柔らかい議論の仕方であったり、他の人や組織を巻き込む力であったり、そういうところが欠落している人達。

Sun MicrosystemsでJavaを作っていた頃は、本当にこういう感じの鋭利な個性がゴロゴロしていた。プログラミングは芸術だ!というタイプ。

この手の圧倒的な個の力というのは、組織の力とは得てして相性が悪いのだが、しかし、それでいてお互いにお互いが必要なのだ。いいものを作るだけでは売れないし、しかしいいものでなくては売れない、といっても良いかもしれない。
田村さんは、この愛憎関係にある二者の間をくっつける事の出来る自分の力に手応えを感じていて、そしてその二者がうまくくっついた時にだけ為し得る大きな仕事にやり甲斐を感じているのだな、と思った。

僕自身は、多分世の中では「個の力」で評価されているのだろうなと思う。しかし、仕事が変わるにつれて「組織の力」についても造詣が深まった、と自分では思っている。だから、自分の力を組織が上手く使える形で用いる事はだいぶ得意になった。そして、部下の圧倒的な個の力と組織の力をうまく結びつけて...という喜びも充分に想像できる。

ただ、恥ずかしながら、優秀な部下の一部はもう最初から個の力も組織の力も認知していて、僕は兎に角邪魔にならないようにして応援だけしてあげれば自分で勝手に伸びていくタイプであって、そういう人達は別に僕がいなくても全然大丈夫なのである。一方で、鋭利な圧倒的な個の力だけを持っている人達に対しては、彼らに組織の扱い方みたいな考え方を植え付ける事についぞ成功した事がない。つまり、全く僕の成果はゼロである。

これからはこういう事も出来るようになりたい...と思って日々チャレンジしてはいるのだが。

イノベーションはどこで起こるのか


田村さんのキャリアを貫くもう一つの糸は、いつもイノベーションが起こっているところに向かっていくという針路の選び方である。イノベーションを求めて、NTTの研究所へ入り、スタートアップに転じ、シリコンバレーに来て、Kubernetesに関わっているのである。すごい嗅覚だ。

しかし、最近は、大企業ではイノベーションが出来ないように感じ始めているのかなと思った。客先に行くと、面白く新しい事をやっている会社に出会う事があると言っていた。面白い事に、それをやっている当人達はその凄さを自分では理解していないという事もよくある。

僕はその話を聞いて、自分がオープンソースの、もしくはJenkins的なバザール開発方式の力の源泉だと思っている多様性の力について考えた。それは何かというと、ソフトウェア開発業界は広く、この世界には色々な地域や働き方があり、だからそういう広い世界のあちこちにいる人が、自分の知見の中で「こうあるべきだ」と感じるものをプラグインという形で世に問う、そういう形でしかみんなの役に立つ良いものは出来ないのだという考え方だ。一人の人間がどれだけ優秀で知見が広くても、多くの目玉には叶わない。

だから、イノベーションというのは、ここではないどこかで起こるのだ。悲しいかな。

田村さんがもしGoogleを辞めたらまた会いに行ってビールを飲もうと思った。僕の知らない世界のどこかで起こった、凄いイノベーションの話を聞けるはずだ。今からとても楽しみだ。


◆万の道、万のプロを訪ねてのバックナンバーはこちらからご覧いただけます

CL LAB Mail Magazine

CL LABの情報を逃さずチェックしよう!

メールアドレスを登録すると記事が投稿されるとメールで通知します。

メールアドレス: 登録

※登録後メールに記載しているリンクをクリックして認証してください。

Related post

DXウェビナーシリーズ第1弾_GitLab編