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万の道、万のプロを訪ねて Vol.6

この記事は1年以上前に投稿されました。情報が古い可能性がありますので、ご注意ください。

今までの本シリーズでは、対談相手の選択は他人に任せていた。
自分の知らない万の道のプロと話してみる事ほど面白い事はないので、僕としては願ったりかなったりだった。だが、人を見繕ってくるのは思いの外、大変だったらしい。そろそろ自分で探してくれ、となった。
誰がいいかな。岩切さん相手に壁打ちをしていたら、真っ先に思いついたのが吉岡弘隆さんだった。

吉岡さんとは何者であるか


吉岡さんは僕の世界では有名人である。知らない人のために略歴を説明するのがこの手の記事の王道だが、吉岡さんの略歴についてはご本人が既に凄い自伝記事を書いていて、これが映画かなと思うほどの手に汗握る出色の出来栄えなので、それを読んでくれ、以外に僕の言えることは何もない。

なぜ僕が吉岡さんと話したいなと思ったかというと、それは僕自身が将来こうなれるかもしれない一つの姿のように感じたからだ。僕も、外から見ると、思いつきで色々一風変わった選択をし、それが開けて、ちょっととある世界で有名になり、人によっては羨ましく感じたりするような人生を送っているのだ。

でも、本人としては、決して楽でもないし、計算して上手くやっているどころか、ドキドキしながら足掻き、まあ何とかなっているから本当にラッキーだな位の気持である。だから、これからどうなっていくのか、見当もつかず、それがちょっと心配と言えば心配なのである。

吉岡さんには同じ人種の雰囲気を感じた。全く勝手に、想像で。だから、吉岡さんと話したら、自分の20年後のありえる姿の一つが見えるかもしれないな、と思った。

定年退職からの大学院

OSSやLinux界隈では既に有名人だった吉岡さんを、更に一躍時の人にしたのが、定年退職からの大学院進学である。そんなお爺ちゃん大学院生(失礼)を見たことがあるだろうか!
この齢にあって、尚そんな大きな挑戦ができてしまうという格好良さが、僕の心を揺さぶりまくった。

しかし、である。なぜ大学院なのか、その動機は語られていない。僕はそれにとても興味をそそられた。日本列島バックパック一周ではなく、スタンドアップ・コメディーでもなく、農業に転身でもなく、なぜ大学院なのか。

吉岡さんにこの疑問をぶつけてみたら、理由が先にあって決断したのではないのだと言う。なんと。

定年が近づくにつれ、定年後はどうしようかな、という疑問が頭の中で少しずつ大きくなっていく。そんな折、大学院のオープンハウスを訪問する機会があり、そしたら学科の説明会が開かれていた。冷やかしで聞いてみたら、これも面白いかもしれないという興味がちょっと湧いてくる。博士課程に対するちょっとミーハーな憧れ。知り合いの教授に話に受験に関する話を聞きにいったら、その場で別な人を紹介されてなんとなく軌道に乗せられてしまう。書類を集めたりと手続き的な事を順番にクリアしていくうちに、いつの間にか自分でもその気になっていく。

行動の方が先にある。敢えて言えば、理由はない。やる気が先にあって何かをやるのではない。やっているから、やる気が出てくるのだ。

大学院進学の意義、それは後から分かってくる事なのだ。面白いものに対する嗅覚...というと何か特別な天賦の才のように聞こえるかもしれない。そうなのかもしれないが、あるいは自分の興味を引くものに対する貪欲さなのかもしれない。僕はそのように感じた。

吉岡さん自身はそんなわけで理由を言語化していなかったが、僕には、定年を区切りに何か違うことをしたいな、と願ったのではないかと感じられた。当時のご自分の視野に既に入っていたもの、たとえば定年延長再雇用だとか、独立してフリーランスだとか、そういうものに満足できなかったのではないかなと。未知の事がしたい、そして、そのためには自分を作り変えないといけない。それをやるための場としての大学院。次の挑戦を見つけるための壮大なサバティカル。サバティカルというには濃密で負荷の高い場所すぎるかもしれない。大学院というのは、キャリアのリセットスイッチなのではないか。

定年退職をポジティブに捉えるなら、怠惰な人間は切っ掛けがないと変わらないので、そのトリガとしての役割だ、他者に背中を押される機会だ、と吉岡さんは言っていた。

大学院生活


新しい知識を吸収し、自らの蒙を啓いている吉岡さんはとても楽しそうだ。世の中は大きく変わっていたのに気付かなかった、という。例えばDeep Learning。AIブーム自体は今まで何度も来ていたし、吉岡さんはそれについてはよくご存知なのだろう。しかし、Deep Learningは今までのものとは明らかに違った質の進歩を感じているという。そういうものを解説記事風の知識ではなく、ちゃんと数学に立脚して厳密に扱う、それが計算機科学である。そういうのが楽しいらしい。

あるいは、吉岡さんは、線型方程式とか微積分とか、その昔習った時は避けて通っていたし自分の物にはならなかったが、今は、それを学ぶのが楽しい、と言っていた。僕にも、大学の時にぶつかって越えられなかった学問の壁が幾つかあって、いつかそれに再び取り組んでねじ伏せたいという気持ちがあるので、羨ましいなと思った。

未知のものに触れ、それを自らの血肉とする。学ぶというのは楽しいのですよ、というメッセージを話していて何度も強く感じた。吉岡さんはまさに学びの親善大使である。

一方、大学院生活には難しさもあるようだった。

論文の輪読会。先行研究の論文を読み、他の人に紹介する。質疑に答える。質問というのは、ある視点から何かを眺めていておこるものなので、その視点をまず理解していないと質問には答えられない。答えに窮してみて始めて、そうかそんな視点で見ないといけないのかと気付く。理解していないという事さえ理解していなかった、と思い至る。周りの人が自分より遥かに先にいるように思えたのではないか。僕に言わせれば、論文の輪読会なんて、みんなそう思うだろうと思うが、吉岡さんはとても謙虚だ。

今一番の難しさを感じているのは、博士論文の執筆だという。これほど困難なプロジェクトは未だかつてなかった、と言う。なぜかというと、すべてのことを自力で乗り越えないといけないから。ベンチャーはたくさんやってきたし、それらもみな困難なプロジェクトではあったが、常に仲間がいた。博士論文は孤独な作業である。最初は三年の予定だったが、後何年掛かるか。暗闇の中にいるような気持ちがするそうだ。なるほど。確かに一人の作業は辛かろう。

考えてみると、エンジニアの世界の仕事もビジネスの仕事も、一人で孤独に何かに立ち向かう、というのは滅多にない。むしろ誰かをそういう状況に追い込んでしまうのは組織の失敗だ、という考えが支配的でさえある。知的な作業は対話によって前進する局面が必ずある。博士の世界はどうしてソロなんだろうか。考えるほど必然性がないように感じられる。

それにしても、これだけ業績を挙げた吉岡さんのような人が、守りに入るどころか、嬉々として褌一丁で冬の川に飛び込むみたいな事をしていて、本当に凄い。敬服してしまう。

コミュニティ作り

吉岡さんといえば、何を差し置いてもコミュニティ作りの人である、というのが僕の認識だ。コミュニティ作りとその仕事を評価されて、経済産業省から感謝状までもらっているのだ。出世作はLinux Kernel読書会だろう。100回目には作者のLinusまで呼んでしまった。100回何かを続けるというのは本当に偉業である。僕と吉岡さんの接点になった楽天テクノロジーカンファレンスも吉岡さんが作ったコミュニティの一つだと思っている。

失礼を承知で、聞いてみた。吉岡さんは誰にも真似できないコミュニティ作りのスキルがあるのに、そっちにいかないで、なぜ大学院なのか。これは僕自身の悩みでもある。僕は作ったOSSで名前が売れてしまった。技術力というかOSSコミュニティ作りは、評価されている。そっちをやっていかないで、なんでスタートアップのCEOをやっているのか、バリューを出せるのはそこじゃないのでは、という悪魔の囁きを自分で感じる。誰もが同じ悩みを感じているのではないか。今やっている事をやっていくのが一番バリューを出せるから、新しい事に手が出ていかないのではないか。吉岡さんはこれをどうやって乗り越えているのか知りたかった。

そしたら、コミュニティ作りは今でもやっています、という。なんと。今盛り上がっているのは、音読で本を読む、音読会。トルストイの「戦争と平和」を読んでいるらしい。吉岡さんは息をするようにコミュニティを作っているのだなと感じた。中島敦の名人伝という本に、弓道を極めた達人は弓がなくても射る事ができるという「不射の射」という言葉が出てくるが、ご本人の白髪混じりのヒゲも相まって、そんな仙人のような境地を想像させた。これは凄い。

これから


吉岡さんを前に突き動かすのは、自分のピークが過去にあるのは嫌だ、という思いのように感じられた。老齢というのは、自分のピークを過ぎた後の事のように確かに感じられる。少なくとも、まだ40代の僕にとっては。もっとも、現に老齢の人にはまた違う視点があるような気もするが。

とにかく、吉岡さんは、このまま慣性に任せて進んでいくのをよしとしない、という道を選んだのだと思っている。ただ、ここから先にどういう道があるのか、それは今はまだ分からないとご自分では思っているようだった。ご本人は、自分を再発明中だと考えておられるようだった。まずは博士号を取得する。その頃には、新しく生まれ変わって、その先の道もまた見えているはずだろうと。

しかし、横から見ている僕には、吉岡さんが新しく歩んでいる道は既に明らかなように思われた。具体的には、学ぶ喜びを発信する、という仕事だ。IPAの記事もそうだし、今回対談していて感じたのも、とにかく学ぶ事がいかに楽しいかを目を輝かせて語る姿だった。学んだ結果として何か新しい道が開けるのではなく、学ぶという行為そのものが道ではないか。

それとも、そうではないのだろうか。吉岡さんの大学院はサナギが繭を作ったようなもので、ここからもっと凄いお爺ちゃんが蝶のように生まれてくるのだろうか。楽しみだ。

僕自身も、Jenkinsが僕のピークであってはならないと、そういう風に思っている気がする。そのために自分を再構築しようと別の仕事やCEOを始めた、そういう風にも言えるかもしれない。今取り組んでいることはとても楽しく、なのでとても充実感を感じる。そこで為した事を、事後に他人がどのように評価するか、それはそれほど大事ではないのかもしれない。そんな事を思った。


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