ニックネームで呼び合う理由

どうも、渡仲(となか)です。
皆さん、「本格ミステリーの金字塔」とも称される『十角館の殺人』(著:綾辻行人)をご存知ですか。最近、ドラマ化されていたことを知り、配信で観たら面白かったのでおすすめです。
主要な登場人物である彼らは、互いをニックネームで呼び合います。それに感化されて、今回の記事を書くことにしました。
次は「SF映画の金字塔」とも言われる『スター・ウォーズ』を観てみようかと思っています。シリーズものらしく、公開順で観るべきか、エピソード順で観るべきか悩んでいるので、詳しい方はぜひ教えてください。
さて本題です。私が所属するチーム、COSTA(Co-Creation Startup Team)には、メンバー同士をニックネームで呼び合う文化があります。
代表の「やっさん」、CAO(Chief Adventure Officer)の「ねぎーちょ」、顧問の「たかさん」、チームリーダーの「ささけん」。役職も年齢も関係なく、みんなニックネームです。
今日はこの文化について、少し真面目に書いてみようと思います。なぜニックネームなのか。そして、良いニックネームとはどういうものか。
なぜニックネームで呼び合うのか
1. 立場を超えて、発言のハードルが下がる
「安田社長」と切り出すのと、「やっさん」と切り出すのとでは、発言までの心理的ハードルがまったく違います。
肩書きで呼んだ瞬間、そこには上下関係のレイヤーが一枚挟まります。ニックネームはそのレイヤーを取り払い、「役割は違えど、同じチームの一員」という前提を、呼びかけのたびに確認し合う装置になります。
これは、私たちが大事にしている HRT(謙虚・尊敬・信頼)と心理的安全性の、日常的な実践です。
2. 「会社の壁」を溶かす
COSTAでは、この文化を社内だけに留めていません。社外の組織とプロジェクトチームを組むときも、最初の顔合わせでお互いのニックネームを決めるところから始めます。
実際のプロジェクトでも、社外メンバーとの初顔合わせの時から、PdMの「うめっち」、エンジニアの「ながタンク」といった具合に、初日からニックネームで呼び合っています。
ニックネームで呼び合うと、個人間の壁だけでなく、社内/社外という組織の線も消えていきます。契約書の上では別会社でも、日々のコミュニケーションにおいてはひとつのチームです。私たちが掲げる「顧客との協調」のために、小さく、毎日実践できる方法です。
3. 記憶に残り、関係が続く
肩書きは変わりますが、ニックネームは変わりません。プロジェクトが終わって数年経っても、ニックネームひとつで会話が再開できる。
ニックネームは、組織図よりも長持ちする、関係性のインデックスとも言えます。
4. 呼ぶたびに、関係が上書きされる
口に出す言葉は、話している本人の感情にも作用します。心理学では、感情を言葉にすること自体が心の状態を調整することが知られており、アスリートが自分にかける言葉でパフォーマンスが変わることも研究で示されています。植物と一緒です。(たぶん)
「やっさん」と口に出す瞬間の自分と、「安田社長」と口に出す瞬間の自分は、構えからして別物な気がします。
裏を返せば、役職で呼ぶことにもそれなりの効果があります。
「部長」と呼べば、「この人は上司で、自分は部下」という関係の定義が、呼ぶたびに自分の中で一回ずつ確認されていく。指揮系統を大事にする組織では、この反復が秩序を支える力になります。一方、フラットに意見を交わしたいチームでは、同じ反復が発言までの距離として働くこともあると考えます。
つまり呼称とは、どの呼び方を選んでも、その呼び方が前提とする関係性を毎日少しずつ強化していく、反復トレーニングなのです。
言い換えるなら、呼称は関係性に働きつづけるベクトル方向です。
築きたい関係性のほうへ、あらかじめ向きを合わせておくことです。私たちはその向きを、「フラット」に合わせています。
呼ばれる側にも効果があります。人は自分の名前に特別に反応する生き物で、名前で呼びかけられることは、それだけで小さな承認として働きます。ニックネームで呼ばれるということは、「あなたをこのチームの一員として認識している」というメッセージを、呼びかけのたびに受け取っているということです。
つまり、呼び名は関係性を「映す鏡」であると同時に、関係性を「作り直す行為」でもあります。ニックネームはコミュニケーションのインターフェースであり、私たちは1日に何十回もそのインターフェースを通ります。
呼ぶたびに、話し手の構えと、受け手の承認と、二人の関係の定義が、少しずつフラットな方向に上書きされていく。ニックネーム文化とは、この小さな上書きを毎日積み立てる仕組みなのだと思います。
良いニックネームの条件
とはいえ、どんなニックネームでも良いわけではありません。文化として機能させるには、名付けにいくつかの原則があります。
① 呼びやすいこと。 声に出して2〜5音。日常会話やデイリーの中で、何十回も口に出すものです。呼ぶたびに舌が絡まるようでは、誰も使ってくれません。呼びかけにくさは、そのまま話しかけにくさにつながります。それでは逆効果です。
② 覚えやすいこと。 本名や属性とつながっていることが重要です。「やっさん」は安田さん、「ささけん」は笹さん、と一発で人物に結びつく。初対面の人が翌日思い出せるかどうかが基準です。
③ コンパクトであること。 短さは、仕事の道具としても、あだ名としても、それ自体が価値です。メンションでも議事録でも口頭でも、短い名前は呼ぶコストが低く、その分だけ登場回数が増えます。そして、あだ名は呼ばれた回数だけ育ちます。気軽に呼べるから雑談でも名前が飛び交い、名前が飛び交うほど親しみが積み上がる。長い呼び名は、必ず省略されるか、使われなくなります。どうせ省略されるのなら、最初から短くデザインしておくべきです。
④ 親しみやすいこと。 呼ぶ側が照れずに口に出せること。かっこよすぎる呼び名や大仰な二つ名は、呼ぶ側に負担をかけます。ニックネームの主役は、本人ではなく「呼ぶ人」です。
逆に言えば、アンチパターンははっきりしています。長い。元ネタが本人としか結びつかない。フルネームより呼ぶのに時間がかかる。 こういうニックネームは、原則のすべてに反しています。組織で運用するなら、まず避けるべきでしょう。
組織に取り入れるなら
最後に、実践のコツを3つだけ。
- 最初の顔合わせで決める。 関係ができあがってからだと照れが勝ちます。キックオフの自己紹介に「呼ばれたい名前」を組み込むのがおすすめです。
- 本人が名乗り、周りが育てる。 押し付けられた呼び名は定着しません。本人発の案をベースに、チームで馴染む形に整えていくのが健全です。
- 役職者から率先して使う。 上の立場の人が「やっさんでいいよ」と言えるかどうかで、文化になるか、ただの制度で終わるかが決まります。
この記事は、役職で呼び合うことを否定するものではありません。
役職呼称には、指揮命令や責任の所在が明確になる、社外に対して礼を欠かさない、ハラスメント防止といった確かな機能があり、それが力を発揮する組織やフェーズもあります。
呼び方に唯一の正解はなく、「どんなチームでありたいか」に合わせて選ぶものだと思います。私たちは、共創のためにフラットさを優先するために、「ニックネーム」というインターフェースを選んでいるのです。
ニックネームは、たかが呼び名です。
でも、フラットな関係も、心理的安全性も、会社の壁を越えた共創も、結局はコミュニケーションから生まれます。そしてそれは、「どう呼び合うか」という一番小さな習慣の積み重ねの上にしか築かれない、と私は思います。
だからこそ私たちは、この小さな文化を大事にしています。
ここまで読んで、「ニックネーム文化もちょっと良いな」と思っていただけたでしょうか。名付けの原則さえ守れば、明日からでも始められます。
まずは、あなたの組織から。良いニックネームライフを!
ちなみに、私のニックネームは「となきん・スカイウォーカー」です。
