在り方が構造をつくり、構造が在り方を守る。スクラムフェス三河2026で学んだアジャイルの姿

こんにちは。チームCOSTAの渡仲です。

9月12日に開かれたスクラムフェス三河2026に参加してきました。自動車産業の土地で、ものづくりの現場からスクラムやアジャイルに向き合う人たちが集まる、少し骨太なカンファレンスです。

この記事は、先日のPdEConf 2026参加記の続きとして書いています。前回の結論は、Evalsを設計することもプロダクトエンジニアを定義することも、根っこは同じ「自分たちにとっての良い仕事を言葉にすること」だ、というものでした。

三河から帰ってきて気づいたのは、その手前にもう一つ問いがあることです。良い仕事は誰が決め、どうやって更新し続けるのか。三河ではこの問いが、透明性・検査・適応、価値基準、委任といったスクラムの言葉で語られていました。

評価の源泉は組織の外側にある。アイシン中村さんとYYSystemの話

今回のイベントで強く心に残ったのは、株式会社アイシンでYYSystem開発プロジェクトリーダーをしている中村正樹さんの登壇です。
(YYSystem: 聴覚に障がいのある人の会話を字幕にする意思疎通支援アプリ)

中村さんは大企業の中で新規事業をゼロから任され、利益が出そうなアイデアも見つけたものの、何のためにやるのかという問いがどうしても残ったそうです。研究段階の価値は数字で説明しにくく、上位者へのレビューでは苦しんだ。

転機はコロナ禍に社内の聴覚障がいのある従業員から届いた、マスクとオンライン会議で困っており、音声認識を使えないかという相談でした。

そこからユーザーと対話しながら改善を重ねるうちに、開発者の存在意義は使う人の困りごとを解消して笑顔にすることにあると気づいた。

意識がユーザーに向くと、上位者に承認されるかという問いがユーザーとの相互理解へ置き換わり、説明すべきことも守るべき軸も変わっていったと言います。

私が感動したのは、この転換を個人の熱量で終わらせず、構造にしていた点です。無償で使えるアプリを用意し、当事者の声を集め、当事者自身が職場や学校に導入を頼み、それが法人契約になって次の開発の原資に戻る。

ユーザーが自ら価値を広げ、その声が開発に返ってくる循環で、原宿で開いた「世界に字幕を添える展」では参加テナントの89%がコミュニケーション量の増加を感じたと答えています。

前回私は、提案やバックログに四つの問いを置きたいと書きました。
誰の困りごとを減らすのか、どんな変化を期待するのか、それをどう確かめるのか、そこから何を学び直すのか。

中村さんの循環図には、この四つがそのまま実装されていました。良い仕事の定義は会議室で決めて終わりではなく、ユーザーとの対話で更新され続けるものだと、実体験を聞いてより一層納得しました。

もう一つ、前回書いた「コンテキストは引き算」も、別の側面が見えました。
ユーザーの声が組織の共通言語になると、承認のための説明が減り、共有すべき情報が自然に選び直される。何が価値なのかをユーザー起点で決めてしまえば、棚を設計する前に引き算が起きるのだと分かりました。

中村さんとYYSystemの活動は、公式サイトとYouTubeチャンネルで追えます。Microsoft Build 2025の基調講演でも取り上げられていたので、興味が湧いた方はそちらもどうぞ。

セッションを振り返る:今こそスクラムをする理由

前回の記事の終わりで、プロダクトエンジニアに求められる能力はアジャイルやスクラムの価値観とかなり重なる、と書きました。複数のセッションを横断して聴くうちに、その重なりがもっと具体的に見えてきました。スクラムが効く条件が、AI時代にちょうど揃っています。

AIが速くしたのは作るループで、学ぶループはむしろ止まりやすくなった

コーディングエージェントで2日間かけてWebアプリを作り切る社内研修の報告が、そのことをよく表していました。仕様を先にまとめ、実装方針とTODOを整理してから進める定石は狙いどおりに効き、AIは速く自律的に作り切ったそうです。問題はその後で、完成したアプリを見て、ほしかったのはこれだったかという疑問が出てくる。タスク一覧が見えているほど、全部終わらせることに思考が向いてしまう。ビルドトラップそのものです。講師陣は、手を止めてユーザーとしてアプリを触り、計画を見直す時間を意図的に確保するよう研修を組み替えました。73名の受講者の満足度は5点満点で4.93だったといいます。

前回、AIで本当に短くしたいのは、ユーザーに届けて反応を確かめ、次の学びを得るまでの時間だと書きました。この研修はその現場実証でした。スプリントレビューとレトロスペクティブは、学ぶループを制度として確保する装置です。作るのが速くなるほど、止まって学ぶ枠組みの価値は上がります。

三本柱を動かすのは価値基準で、30分で合意したチームがそれを示した

あるチームが新機能の開発中に、外部SDKが使えないと判明して前提が崩れた話も印象に残りました。チームは使えないという事実と各自の状況を隠さず共有し、スプリントゴールへの影響と取り得る選択肢を洗い出し、有効な案を選んでPOと優先順位とスコープを調整した。透明性・検査・適応が順に働いて、合意までおよそ30分だったそうです。

登壇者はその速さの理由を、公開・勇気・集中・尊敬・確約という5つの価値基準が土台にあったからだと説明していました。価値基準が三本柱に息を吹き込んだ、という表現が私は好きです。このチームは以前、計画外の差し込みが続いてスプリントの集中が削がれ、達成感が積み上がらずに士気を落とした経験をしています。そこでスクラムに求め直したのが、変化を受け止めて優先順位を組み替えられる柔軟性と、必要なときに動ける状態を保つ可用性でした。スクラムがあるのは、変化に対して壊れずに動き続けるためです。AIで変化の速度が上がる今、この位置づけは重みを増しています。

人に委任するスキルは、AIを動かすスキルと同じだった

プロダクトオーナーの委任をテーマにした話の締めくくりが、うまい落とし方でした。POが一人で抱え込むと単一障害点になり、仕事の流れが悪くなる。だから積極的に委任する。委任は指示命令とは違って、意図や前提を伝え、ゴールを明確にし、判断基準を共有したうえで、やり方は相手に任せることです。何をするかより先に、なぜするのかから始める。

そして登壇者はこう続けました。これはAIを上手に使うためのスキルと同じですよね、と。前回私が投げた、AIで空いた手を何に使うのかという問いへの答えが一つここにあります。人にもAIにも、なぜを渡す仕事です。委任には、自分でやると丸投げするの間に、一緒にやる、時々声をかける、必要なら相談に乗るといったグラデーションがあり、これもAIとの協働にそのまま当てはまります。

越境した仕事は、拾ったらチームに返す

前回の記事で、AIによって職能間の染み出ししろが広がったと書きました。今回学んだのは、染み出したあとの作法です。

境界にある仕事を拾って進めると、仕様の整理が進み、専門家との連携が増え、実装できるものが増える。一方で、仕様の背景や判断経緯を自分が多く持つようになり、専門家への相談経路も自分が管理するようになり、自分への相談が増えていく。登壇者はこれを、自分の成功の再現とチームの成功は違う、と表現していました。

提示されたのは、拾う・返す・委ねるの三つの動きです。境界の仕事へ一時的に入って前に進める。同じ相談が繰り返し自分に来るならチームへ返し、文脈や判断経緯をチームに残す。専門的な判断はその専門性を持つ人に参加してもらい、自分は論点整理までに留める。スクラムガイドが求めているのは個人がジェネラリストであることより、チーム全体として必要なスキルを備えることです。越境が当たり前になったとき、それを個人の武勇伝で終わらせず、チームの再現性に変える。染み出しには、この折り返しがセットで要るのだと分かりました。

在り方が構造をつくり、構造が在り方を守る

ここまでの話は、一つの循環にまとめられます。

ユーザーに意識が向く。すると対話が起きる。対話から出てきた声が組織の共通言語になり、承認より価値で判断できる構造が育つ。その構造があるから、さらにユーザーに向き合える。

在り方が構造をつくり、構造が在り方を守る。学ぶループを確保するスプリントレビュー、三本柱に息を吹き込む価値基準、なぜを渡す委任、境界の仕事をチームに返す作法は、どれもこの循環のどこかを支えています。

この循環には、もう一つ支えがあります。人の内側の状態です。自分で決めている感覚、自分ならできる感覚、一人ではない感覚が満たされると、内発的な動機は高まります。逆に、作るものが決められ、知識がなくて力を出せず、関係も築きにくい環境では、やる気のある人ほど自分の意欲の低下に気づけない。この三つの感覚をメンバー同士の対話で毎回確かめ、揺れたときに支え合う仕組みを回している組織の話も聴きました。揺れなくなったわけではないけれど、揺れたときに問題を表に出して進め方を組み替えられる力はついた、という言葉が残っています。

前回辿り着いた良い仕事の言語化は、この循環の中で更新され続けるものでした。私たちCOSTAが顧客と目標を共有し、成果報酬型でアウトカムまで責任を持つのも、この循環を前提にした働き方です。

三河は、その前提を別の角度から確かめさせてくれた場所でした。

まとめ

前回は、提案やバックログに誰にどんな変化を届けたいのかを一行加える、と宣言しました。今回はその一歩先です。ユーザーの声を評価系として、提案・レビュー・意思決定の場に持ち込む。具体的には、スプリントレビューを作ったものの確認から、ユーザーから学ぶ場へ戻すこと。動くものを触ってもらい、その反応から次の行動を決める時間を、意図的に確保すること。

前回の問いは、「良い仕事を言語化できているか」でしたが、今回は恐れ多くも1つ付け足させていただきます。

その良い仕事は、ユーザーと一緒に決めていますか。

環境が整ったから挑戦できるのではなく、挑戦する人の在り方が、環境を変えていく。三河というものづくりの地で、鉄のような言葉を拾うことができました。
(「鉄のような」の意味は、あなたの解釈に委ねます。)

カクテルパーティー効果を発動しなければ、目の前の人との会話もままならないほどに盛り上がる、熱くて賑やかなイベントでした。

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